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チリ各地をご旅行された方々の、様々なご意見、感想、体験談などをまとめたコーナーです。
いままでに知らなかった情報、耳より情報、良かった点、悪かった点など、とにかく旅行されたときに体験された点をお客様の目で見た情報です。これからの旅行の参考にどうぞ。
お便りメニュー
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お便り紹介
■タヒチ&イースター島旅行記 - 波田野様からのお便り
旅行決定 (プロローグ)
、今回イースター島への旅行を思いついたのは、仕事が忙しくなかなか休みが取れず、精神的に参っていたので上司に相談して強引に休暇をゲットした。
私はサッカー観戦、特にイタリアのユベントスを贔屓にしておりイタリア旅行も考えた。しかし、ユベントスのホームタウンはトリノである。旅行をしようとする日はちょうどオリンピックと重なってしまった。いつもはオフシーズンなので旅費が安い時期にもかかわらず高い設定になっていた。
そうなると別の場所を探すことになる。小さい頃から体が大きかったのでアダ名が”モアイ”と呼ばれていた時期もあった。ならばイースター島行きのツアーを検索することになる。行き方を調べると2通りの方法がある。北米‐南米本土経由とタヒチ経由である。あるツアー会社のプランだと北米回りはあまりにも移動に時間がかかる。しかもイースター島以外観光場所がない。北米回りは時間的に勿体無いので外すことになる。タヒチ経由で探すことになる。
何社か検索から出てきたプランの中で、一番安い旅費と日程が丁度よいものに申し込みをした。土曜日出発で土曜日帰国の8日間約30万円のツアーである。諸経費含めると総額50万円くらいになると思った。
余談ではあるが、私は94年に学生卒業旅行で初めて海外を体験し、今まで9回8カ国を訪れた。記念すべき10回目で2カ国追加して訪問国も10になる。前回の旅行は2002ワールドカップ韓国への訪問だったのでサッカー仲間との行動であった。今回もサッカー仲間にツアー参加を呼びかけ、興味をもってもらえたが休みの都合が合わず断念してしまった。一人参加だと追加料金を払わなくてはいけないので、何とかしたいと思い、家族(妹)が参加してくれるというので二人申し込みになった。
1日目 2月11日(土) 横浜 〜 成田 〜 タヒチ
前日は早めに仕事も切り上げ帰宅し、荷物の準備もすませた。いつもそうなのだがトランクに荷物は半分も埋まっていない。いよいよ出発である。成田第一ターミナルのカウンター集合時間は10:50である。車で向かうことになり、自宅を08:00に出た。
首都高速湾岸線は交通量が少なくスムーズに走行した。途中葛西ジャンクションでディズニーランドに向かう車が多く混雑していた。首都高速を走り終わり、習志野料金所を過ぎてすぐに前方車両が左に寄り始めた。交通量が少ないのに何事かと見てみたら、乗用車が中央分離帯に正面から突っ込んでいた。事故したてである。タイミングからして、あと5分早ければ巻き込まれていたかもしれないし、これ以上遅くなると事故の調査で渋滞にあっていたかもしれない。自宅でてから1時間ほどしか経過していないのに波乱を予感させる出来事であった。事故現場を過ぎてからは、交通量も少なくなり09:30に駐車場に到着した。ここからターミナルに入るまで10分ほどかかった。荷物が軽いので楽である。しかしこれから暖かい場所に行くので、上着を車に置いてしまったので中に入るまではちょっと寒い思いをした。
カウンターには09:50に到着しチェックインを終わらせた。トランクを預けたので身軽になる。搭乗ゲートの集合は12:20なので時間は充分にある。クーポン券をもらったのでレストラン街に行き食事を済ませた。出国審査をするのも早いので見学デッキに向かった。見学デッキに出ると長い滑走路を広く見る事が出来る。着陸や離陸を見ていると横の走行ラインをこれから乗るエアタヒチヌイ機がいた。
いいチャンスだったので、飛行機を後ろに写真撮影した。見学デッキに長くいたら寒いので、時間も使えたので出国審査をする。ここを抜けると日本ではなくなる。免税店がいくつかあり見て回る。お嬢はブルガリがお気に入りである。バッグをあれこれ見ていたので購入することになった。本当はイタリアに行って購入したかったのだが、いつ行かれるかわからないし価格を比較しても問題ないと思った。仕方のないことだが荷物を増やしてしまった。12:00頃搭乗口付近のベンチに座って待つことにした。間もなく搭乗である。飛行機に乗るのは9ヶ月ぶりである。10時間以上のフライトは5年前にさかのぼる。搭乗が始まったので早めに席を目指す。前日に会社に連絡をして搭乗割合を聞いていた。7割程度の返事をもらっていたので、リラックスしていけると思った。実際2−4−2の配列で4席シートの場所に2人で座ることになった。席を広く利用できるので楽である。
ここで時計の針を現地時間にセットして頭を切り替える。時差が19時間遅れとなっているが、5時間プラスして前日と考えたほうがわかりやすかった。到着は現地時間朝05:00である。ゆっくり寝ることにする。3時間位経過したとき席を立ち、4席全部空いている場所を発見した。乗務員さんに許可をとり移動する。早速横になり体をのばした。クッションは硬めであったがそれなりに快適であった。都合4時間位独占していた。この頃に日付変更線と赤道を通過していた。南半球は2度目だが、日付変更線は初めての体験である。到着が近くなったので元の場所に戻る。いよいよ着陸である。
時刻は夜明け前04:30である。入国審査を終え久しぶりの外国の土である。ゲートを出ると現地の係員さんが迎えてくれた。一通りの説明を受け市内へと向かう。ここで両替をすることになる。日本で替えるよりレートがいいようである。ホテルの到着は06:00である。さすがに眠いので寝ることにした。09:00頃起きて少しは時差ぼけを直す。タヒチ市内の行動開始である。まず向かった先はマルシェである。ホテルから5分位で到着した。時間があるのですべての店を回り品物と値段をチェックした。購入は帰国前にすることになる。
次に向かったのはショッピングセンターである。タヒチ名産の黒真珠購入である。ここでもすべての店を見て回る。この中で、値段と大きさに満足いくものがあったので購入することになる。チェーンも勧められたがデザインがイマイチなので日本に戻ってから各自で購入してもらうことにする。ショッピングセンターでの用事が終わると何もないので、ホテルに戻る。夕食にするまで寝ることにした。日本ではできない贅沢な時間の使い方である。
夜になり食事をしに出かける。行く場所は埠頭近くで開かれる屋台(ルロット)である。ピザや中華、肉、魚、デザート一通り揃っている。試してみたいところばかりなので何回かわけて店を訪れることになる。今日は肉と魚を選んだ。どの店も食べきれないほどのボリュームである。食事を終えステージがあったのでそちらに向かった。タヒチミュージックを聞いてリラックスしていたのだが、一曲で退場してしまった。次になにがでてくるかと待っていると、中国の一団がステージにあがってきた。中華街でみたようなショーが始まった。南の島に来たのに中国のショーを観賞するとは不思議な感覚である。ショーも終わったのでホテルに戻ることにした。時刻は21:00、自宅を出発してから約32時間、長い一日がようやく終わった。
2日目 2月12日(日) タヒチ 〜 イースター島出発
海外での目覚めである。09:00ころまで寝てしまった。会社からの呼び出しがないと思うと本当にリラックスできる。タヒチでのホテルは朝食がついていないのでマルシェまで買いに出かける。日曜日なので開いている店は少ない。限られた店から気に入ったものを選びホテルに戻った。
段取りをすませ今日の行動開始である。タクシーを手配してシェラトンホテルに向かった。昨日のうちに予約をしておいたオイルマッサージをしてもらうためである。シェラトンホテルには早く到着したのでいろいろ見て回った。プールもあるしビーチは目の前である。日差しが強いのでなるべく日陰を歩くことになる。写真を撮ろうと場所を探していたのだが、ヤシの木をバックに撮影することにした。一流ホテルなので町で見た木より断然風格がある。手入れがいいようである。
時間になり指定場所に向かった。準備をすましてマッサージが始まった。リラックスできる照明や音楽でとてもいい時間であった。1時間ほどだが満足できた。支払いを済ませてフロントに行き、タクシーを呼んでもらい待っていると、先ほどのお姉さんが慌ててこちらに来た。何かを言っているが話が通じない。料金のことを言っているようだが、支払いはしてあるはずだとこちらも理解出来なかった。あれこれ話をしていて、私が出した札を確認すると10000フラン札と1000フラン札が間違えていたのである。不足しているのだから、慌ててやってくるのも無理はない。財布を確認すると確かに残金が多かった。色が似ているのでわからなかった。お姉さんも安心して戻っていった。
ホテルに戻り食事にはまだ時間があったので、また昼寝をしてしまった。本当に贅沢な時間の使い方である。夜になってまたルロットに向かう。今日は中華を持ち帰って食べることにする。ルロットはアルコール禁止である。私は問題ないのだがお嬢は一杯飲みたいというのでそのようにした。地ビールの銘柄はヒナノである。日本のビールと比較すると、かなり軽いらしい。食事も済ませイースター島に向けての準備である。
フライトは01:00なのだがホテルの出発は22:00である。早い時間設定だと思ったが、空港でのチェックインに時間がかかるということである。余裕はあまりないようである。出発前に日本に電話をかけた。今まで海外に行くと連絡をしたことがなかったので、本当につながるかと思ったが簡単につながってしまった。00:15頃搭乗開始になり、いよいよイースター島に向けて離陸である。
フライトは5時間ほどで時差が5時間ある。到着は昼11:00頃である。空港はタヒチよりも小さい。基本は1日1便ランチリ航空が運航している。今年2月のスケジュールだと水曜日に2便ある。入国審査も終わり、やっとイースター島である。ここでも現地ガイドさんに出迎えてもらいホテルに向かった。飛行機内で15人ほど日本人を見かけたが、別のツアー会社のようである。半日観光が15:00からなので休息をとる。タヒチで無理な行動をとらず正解である。
時間になり迎えに来てもらう。マイクロバスで15人ほど乗車していた。ガイドさんは2人いて、英語・スペイン語担当の方と、日本人のヨシさんである。日本人は私たち2人だけなので、専属でガイドしてもらうことになる。すごいラッキーである。まず向かったのは島南西部のラノカウ火山である。3つある火山のうちの1つである。島最大のカルデラ湖になっている。大きさは直径約1600メートルということである。島の飲料水として用いられている。
次にオロンゴ岬である。イースター島はモアイだけでなく鳥人儀式の伝統もある。沖合いの島も言い伝えがあるのだが、毎年やってくるマヌタラ(セグロアザラシ)がその年最初に産み落とす卵を持ち帰るイベントである。岬から海面まで300メートルはある崖をまず降りる。島までは2キロも泳がなくてはいけない。島に到着しても何時くるかわからない状態で待つことになる。先に到着していて卵を産むとしたら、どう考えてもバトルロイヤルになってしまう。うまく島を脱出しても2キロの泳ぎとロッククライミングが待っている。トライアスロンよりハードである。これくらいのことをするのだから、神からのパワー授かるだろうし一年間村長として村を支配できるであろう。
ちょうどこの場所を観光していたとき沖に停泊していた客船が出港していった。先日まで3隻寄港していたそうであり、島中の車両をかき集めてガイドにあたったそうである。次の行き先は東だとサンチアゴで西だとタヒチになることが多い。どちらも5日はかかるそうである。バスに乗り込み移動をする。次の場所はタハイである。いよいよモアイと対面である。日本から約14,000キロはなれた彼方によく来たものである。飛行機だけで正味16時間乗っている。これを更新するには南米大陸行くか、南アフリカ行かないと無理であろう。
タハイは村の外れに位置している。場所によってはホテルの部屋から見る事ができる。ここには祭壇が3つあり(アフヴァイウリ、アフタハイ、アフコテリク)ここで有名なのはアフコテリクで頭にプカオをのせて、目が復元されている。ガイド本でよく見るモアイである。実物を見て感動した。ここでも宗教儀式があったようで、住居跡や鳥小屋もある。タハイは西側なので、夕日をバックに写真撮影すると綺麗に撮れるはずである。これで今日の観光は終了である。それぞれのホテルに向かい順番に降りていく。19:00でもまだ明るい。この時期の日没は21:30だそうである。
ホテルに戻りパソコンがおいてある。気になっていた情報をチェックする。タヒチのシェラトンでは約1000円かかるので利用しなかったがここでは無料である。しかし、回線速度はちょっと遅いようである。部屋に戻り夕食をどうするか考える。村にでても良かったのだがホテルのレストランにした。
タヒチでは体調崩してはいけないので生ものは避けていた。もう心配することはないだろうと注文してみる。今回のメニューはクリームリゾットにステーキ、セビーチェである。半分ずつ分けたのだが充分な量である。食事が終わる頃日没であった。水平線での日没を見るのは久しぶりである。あっという間に落ちてしまうものである。
部屋に戻り祭り会場に行く準備をしたのだが、電気の調子がおかしい。停電してしまった。使うことはないと思って持ってきた懐中電灯の出番である。15分ほどで復旧したのだが、寝てしまったので会場に行くのをやめにした。ちなみに今夜の出演者はタヒチの北東にあるマルケサス諸島のグループということである。音がかすかに聞こえていたので盛り上がっていたようである。
4日目 2月14日(火) イースター島観光
日の出は07:00頃である。起床して準備にかかる。ここではホテルで朝食ができるので楽である。09:00にフロントに行きバスに乗車する。前日同様各ホテルをまわり出発である。今日の予定は半日観光である。まず向かったのはビナプである。この祭壇は他の場所の祭壇と比べて精巧な石組みになっている。学者たちはイースター島の人が南米インカ文明が起源ではないかと説明する人がいる。ここは倒されてしまったモアイである。かなり大雑把に倒されている。基本的にうつ伏せに倒されている。
次に向かったのがプナパウである。内陸部で祭壇もないしモアイも少ないので何だろうと不思議に思っていた。小高い山を登ってやっと理解が出来た。モアイの頭にあるプカオが切り出された場所である。モアイとは別の石の成分で赤色灰凝石である。いくつかのデザインがあるようだが、その当時の流行を表現しているようである。さらにここからハンガロア村も一望できる。景色は最高である。
バスに戻り次の場所に移動する。アフアキビである。ここもガイド本でよく出てくる場所である。唯一海を見ている7体のモアイである。ここもいくつかの言い伝えがあり、イースター島を見つけるために7人の使者を祀ったものだと言われている。さらに向いている方向が故郷だという。このモアイの水平線は春分・秋分の日没方向と重なるので美しい夕日を見られるはずである。
今日最後の観光場所はアナテパプである。海底火山の隆起で出来た島は、いたるところに洞窟がある。ここが最大規模である。現在島の人が奥深くまで調査している。人が住んでいた痕跡もある。また奴隷狩りから逃れるために避難場所としていたと考えられる。洞窟に入り気温が低いので体調が少し楽になった。
これで今日の観光は終了して自由行動となる。ホテルには戻らず村のメインストリートで降ろしてもらう。昼食である。ガイド本とヨシさんからの情報で、エンパナーダを出している店に向かう。早速注文する。中にはいろいろな具が入っているので1個で充分である。支払いの時にペソで払ってと言われたが、ペソは少ししか持っていなかった。何とか頼みこんでドルで払った。危うく無銭飲食である。隣りのマーケットで水やおやつを購入してホテルに戻る。こちらでは普通にドルを出したら受け取ってくれた。おつりはペソで戻ってきた。
博物館に行く予定を立てたのだが、やめにして休息をとる。17:00ころ行動再開する。村の中心部に行きみやげ物を購入する。Tシャツやキーホルダーなど配るものを選び購入していった。民芸品屋のおばちゃん達は日本語が上手である。買い物に苦労はまったくない。
今夜はイースター島最後の夜(明日の夜はタヒチに向け出発)なので祭り会場に向かう。夕食がまだだったので出店の串焼きを購入する。1本目は鶏肉で2本目が牛肉である。どちらもおまけのパンがついた。
出店の人をよく見たら、昨日のオロンゴでみやげ物を売っていた人であった。日本語が上手だし印象に残る。昼も夜もよく働く人である。ヨシさんはどうしたと言ってきたので都合が合えば合流すると言った。22:00になりようやく暗くなったのでイベントが始まる。司会者が出てきて話し始め、お偉いさんを紹介する。今夜のプログラムはあやとりである。1人ずつ出てきて何かを作って見せながら一曲披露する。ムチャクチャ地味である。緊張で説明に詰まっていたお嬢ちゃんは、最後にいろんな国の言葉で有難うを連発して拍手をもらっていた。ディズニーランドで見るようなポリネシアダンスを期待したのだが、今日はなかった。イベントは続いていたが明日に備えてホテルに帰ることにした。この後は男性達のボディペインティング披露であったそうだ。この帰り道に空を見上げて南十字星を見る。今回の旅の目的の1つであった。
5日目 2月15日(水) イースター島観光 〜 タヒチ出発
今日も07:00頃日の出なので、それにあわせて起床する。未明には音をたてて雨が降っていたので朝まで残るかと思っていたが、カラッと晴れている。本当に天候に恵まれている。
イースター島観光最終日である。今日は一日観光で残りの主要場所すべてまわることになる。昨日同様09:00にバスが迎えに来て乗車する。乗客に若干の入れ替わりがあったので大きめのバスが来た。気温が上昇する予報なので、出発前スーパーマーケットに立ち寄り水を購入する。炭酸入りとノーマルがあり炭酸入りは後味があまり良くないのでノーマルを購入した。
まず最初の観光場所はバイフである。8体のモアイがすべて倒されていて、入れられている眼も徹底的に破壊される。そこまでやるのは眼にはマナと呼ばれるパワーがあると信じられていたからである。祭壇の前にはパイナと呼ばれる宗教儀式の舞台も残されている。
次の観光場所はアカハンガである。ここもモアイ倒し戦争によって倒されたモアイが残されている。モアイが多数だったので大きい集落があったと推測される。住居跡やかまど跡もしっかりと残っている。倒されているモアイは、島の一番長い距離の場所で多くある。放牧されている牛や馬が多数いる。
バスに戻り次の場所に移動する。島でのメインスポットと呼んでいい場所と思っている。ラノララクである。本やテレビで一番印象に残る場所である。モアイ製作場所の山である。製作途中のモアイや完成して土に埋もれているモアイなど約400体見る事が出来る。まさにハイライトである。山を歩くコースはできていて整備されている。基本はコースを外れてはいけない。しかし写真撮影の時だけガイドさんに許可をもらいギリギリまで近づく。本に載っている写真ではモアイにメリハリがあるのだが、実物をみると風化しているように見えた。今後保存していくのに課題になるであろう。何年後かわからないが次回くるチャンスがあればもっとわかるであろう。
ラノララクで観光を終えて昼食である。この食事はツアーに含まれている。よく歩いたので水分補給をしっかりしておく。昼食場所から5分ほどで次の観光場所である。アフトンガリキである。ここも有名である。15体のモアイが立ち並ぶ姿はまさに壮観である。場所が広いので集落としても最大規模と思われる。ここは島の東側なので朝日をバックに写真撮影することが出来る。帰国してから、ヨシさんのブログから初日の出の画像があったので、頂戴してパソコンの背景画面にしている。
次の観光場所がテピトクラである。ある酋長がパワーを秘めた丸い石を置き世界の中心と定めたという。どの人種、どの時代でも自分が中心だと宣言する人が多いので困ったものである。まわりの4つの石は東西南北の方位を示している。当たり前だが南半球では日中は北に太陽がある。方角を間違えてしまうことになる。さらにここにはラノララクから移動させ立てられたモアイでは最大のモアイがある。大きさ9.8メートルである。
最後の観光場所に移動する。アナケナビーチである。白砂のビーチ、ヤシの林が綺麗である。ここだけ見ると南国らしく感じられる。ここにもモアイはある。祭壇が2つあり砂にに埋もれていたため風化せず保存状態が良好である。昔、島に上陸するときはここからだったと言われている。モアイに飽きてしまった子供は、やっと海に入れると喜んでおり、真っ先に向かっていった。水温は高めで塩分も濃いようである。これで島の観光は終了である。
村に戻ってきて順番にホテルでおりていく。途中で今日の祭りの準備を見ることになる。17:00から村一周バナナ担ぎレースがある。駅伝形式なので選手が中継場所で待機していた。選手の中には前年チャンピオンでオセアニア代表もいるということである。別の中継場所では選手が交通整理をしていたので車内から手を振ったらポーズをとってくれた。イベントがあるからと認識しているから怖くないが、いきなり近づいてきたら間違いなく逃げてしまうであろう。
ホテルに戻りタヒチに向け出発準備である。いらない荷物は置いていくのでトランクの中はさらに軽くなる。チェックアウトを済ませ空港まで送ってもらう。世話になった人たちにちょっとだがチップを渡していった。空港でのチェックインをするときにガイドさんからビジネスクラスへのアップグレードの誘いがあった。2人で350ドルである。大変魅力的だったのだが、フライトが5時間でタヒチ到着してからすぐ休めるので、そのままエコノミーで行くことにした。
待合室で待っていると、ランチリ航空の乗務員さんが入ってきた。その中のお姉さんが私よりも背が高い。(私は180CM)またとないチャンス なので一緒に写真撮影入ってもらう。お姉さんはビックリしてとても照れていた。他の仲間からは冷やかされていた。時間になり搭乗して離陸である。今回も満席である。話を聞くと、チリの金持ちはビーチリゾートにタヒチを選ぶようである。週2便なので人気がある。月曜日に一緒に乗っていた日本人を同様にみかけた。申し込んだ会社は違うが行程は同じようである。タヒチに戻り現地係員さんに出迎えてもらいホテルに移動する。時差の関係で初日ほどでないが今日も一日が長かった。明日は旅行で行動できる最終日である。
6日目 2月16日(木) タヒチ滞在
07:00頃一度目覚めたのがまだ眠いのでそのまま寝てしまう。日本‐タヒチの時差が5時間(−1日)、タヒチ‐イースター島の時差が5時間ある。気持ちは正常でも体はだるいようである。10:00頃窓を開けてみると今回始めてのまとまった雨である。屋外の観光場所に行く予定がないので問題はない。
土産物買出しのためマルシェに向かう。チョコレートやクッキーなど購入していった。ここでも店員さんは日本語できるので安心である。多めに購入したのでオマケしてもらった。午後になると雨もあがり太陽がでてきた。今回の旅は本当に天候に恵まれている。日ごろの行いとは雲泥の差である。平日なので現地の人の動きが多い。到着したときは土日だったので地元の人が少なく感じた。話を聞くと現地の人たちは、週末にとなりのモーレア島や他の島に遊びに行ってしまうようである。働くだけではないようである。羨ましい限りである。
夕食までまだ時間があるので昼寝をする。旅行での贅沢を存分に味わっている。ルロットが始まる時間になったので出かけた。途中道路を渡るのだが信号はない。しかし車は確実に止まってくれる。安全そのものである。手を上げて礼をすると”コンバンワー”と言ってきた。日本人が多いので挨拶の言葉は出来るようである。
食事をすませホテルに戻る。チェックアウトの時間が深夜01:00なので準備をして寝ることにする。寝たのは20:00である。今回の旅でタヒチでのホテルは時間がとんでもない時間に設定されている。飛行機の時間に合わせているので仕方のないことだが、面白い設定である。
7日目 〜 8日目 2月17日(金)〜 2月18日(土) タヒチ 〜 成田 〜 横浜
予定通り0:00に起床して準備をした。これで帰るだけである。楽しい旅も最後である。空港まで現地ガイドさんに送迎してもらう。今回は私たちだけでなく、シェラトンで一組乗車するというので途中に立ち寄る。シェラトンに宿泊するとは羨ましい限りである。ロビーを見てみると日本人の団体さんがたくさんいた。行きの飛行機でこんな団体さんは見ていない。話を聞くと、週3便ある直行便で14日の火曜日に到着した団体さんということである。この団体さんはタヒチでの日本の文化を紹介するためのイベント参加者であった。海外に日本文化を紹介するのはすばらしい事だが、混雑は勘弁してもらいたいものである。久々に大型バスを空港まで手配したと言っていた。
空港に到着してチェックインが始まる。シェラトンでの人数を見た限り、エコノミークラスはほぼ満席である。こんな事は月に1回あるかないかということである。帰りの飛行機で4席シート独占は不可能である。そこで思いだしたのがイースター島出発の時の話である。ビジネスクラスへのアップグレードである。旅行の申し込みをしている時に日本‐タヒチ間の往復追加料金が20万円となっていた。片道なので単純に半額ならやってみようと列にいるとき話をしていた。いよいよカウンターに行きアップグレードの注文をする。担当の人は日本テレビアナウンサーのラルフ鈴木氏に似ていた。彼は100%日本人だが、こちらの方は日米のハーフという事である。久々のアップグレードの話なのでびっくりしたようである。状況を教えてもらうと席は空いている。問題は金額である。一人10万フランである。円に換算すると二人で24万円位である。非常にビミョーな金額である。予算オーバーだがあきらめるには勿体無い金額である。そこで自分の土産物を確認するとモアイのキーホルダーとTシャツ1枚だけであった。せっかくなので自分への土産だと思い、アップグレードを申し込んだ。後悔はないが、これで6月のドイツワールドカップ観戦をスッパリあきらめることになる。予算が中途半端だったので、これで良かったのかもしれない。
荷物も預けていよいよ出国である。審査の税関職員がイースター島に行くときと同じ人であった。スタンプを押してパスポートを返してくれる時に、”タノシカッタデスカー”、”マタキテネー”、”アリガトー”と言ってきた。面白かったので、”また来ます”と即答してしまった。実際次に何時こられるかわからない。今回タヒチはビーチリゾートとしてまったく活用しなかったので、バカンスとして旅行するには他の場所をやめて、タヒチを第一候補にしなければいけないであろう。
搭乗時間までは専用ラウンジを利用することが出来る。何しろビジネスクラスである。ちょっと浮かれている。1時間ほど利用して時間になったので移動する。24席あるのだが一番後ろであった。私たち含めて17人利用していた。席は広いしリクライニングも素晴らしい。ずっと浮かれている。寝てしまうのは勿体無いので食事がでるまで起きていた。出された食事はエコノミーに比べて5倍はちがう。この後は何もないので寝ることにする。150度くらいまで倒れるので快適である。眠りがとても深かった。快適な時間は短いものである。10時間のフライトがあっという間であった。これならあと10時間は乗っていられる。
成田空港に到着である。気温5度となっていた。タヒチに比べて20度下がっている。空港での手続きも問題なく終わり帰宅である。道路はどこも混雑していなくて1時間ほどで帰ってきた。旅行終了である。来週からまた仕事に戻らなくてはならない。今後はちょっとずつ貯金をして、また旅行に出掛けたいものである。
エピローグ
旅行に出掛けると、いつもと違う体験が出来てとても楽しいです。旅行記もこんな文章でよく発表すると感心されますが、素人目線でのありのままを書いていますので、前回の2002ワールドカップ旅行記でも好評もらえました。今回もサッカー仲間とイースター島でのガイド、ヨシさんからの依頼により作成しました。皆さんが旅行に出かけるプラスになれば嬉しい限りです。またどこかの旅行で機会があれば作成したいと思います。最後までお付き合い頂き有難うございました。
帰国して1週間で現実に引き戻され、イースター島滞在が夢のような時間でした。
横浜から世界の皆さんに 波田野 慎一
※お便りの感想は波田野様(メールアドレス:juve-003@lapis.plala.or.jpまでどうぞ。
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